蓄積される命 樹齢について

縄文杉(ウィキペディアより)
イメージイラスト:緑色が生きている部分


樹齢1000年などと言われると一つの生命が1000年間生き続けていると思われがちだが
樹木で実際に生きている部分の寿命は長くて数年である。
死んだ部分は木材として樹木を支える役割を担う
枯れ落ちた枝葉は肥料となり成長の糧になる
個体として命を引き継ぎながらその場で成長していくのが樹木である。
人間の場合は体全体の細胞が10年ほどで入れ替わると言われているが
細胞が更新されることで長くて100年ほどの命が継続されていく。
巨樹のように数百年以上存在する樹木は
前の時代の生き様に今の自分の生き様を蓄積させてその場に長年存在し続けている生きた地神のような存在なのだろう。

建築としての庭(水庭)

水庭(アートビオトープ那須)
クヌギ、コナラ、イヌシデ、クリなどの樹林の間に小池が無数に点在し、足元はコケで覆われている。
建築家、石上純也氏によるアートガーデンである。
樹林はこの地域の原風景である落葉樹林とコケ、池はその後人間により開拓された水田、これらの時間軸を融合した表現らしい。
樹木は隣接する宿泊施設用地(工事中)から間引きされたもので根鉢を大きく取り無剪定で移植されている。支柱もない。場内移植のため可能だったと思われる。
一見すると湿地帯にコナラ林が出現したようで自然景観としては違和感を感じる。
しかし「建築としての庭」としてとらえればこの不自然さが魅力的なのかもしれない。
水は小川から導かれ小池を満たし、下流に放流されている。(ポンプなどの人為的施設なない)小池は水中で連結されているため水面のレベルは一定になる。そのため庭全体もほぼフラットな形態となりより建築的に見えるのかもしれない。
今後は最小限の管理(4人の専属ガーデナー)で自然の推移に任せたいということなので5年後、10年後、20年後にどのような景観になっていくのか楽しみである。

エントランスサイン
砂利道のアプローチ











庭の入口(狭い)















飛び石はかなり小さい





池連結パイプの管理用?









水の放出箇所(赤点)





梱包された清洲橋



クリストのアートにも見える?

クリストは巨大な造形物(橋、海岸)を一時的に布で覆うことで表現する芸術家である。
巨大な布等の費用は企業などに頼らず自ら作り出し、展示後の布はリサイクルされる。
0から創り、0に戻す。永続ではない一時的な芸術にこだわっているようだ。
見慣れた風景が一時的に変化することに芸術性を表現したかったのだろう。
上写真は塗装工事?のために足場が組まれネットで覆われた清洲橋であるが見慣れた風景が一時的に激変した光景はクリストを連想させる。



梱包されたセーヌ河の橋
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/9/96/Pont_Neuf_emballé_par_Christo_%281985%29.jpg




梱包以外にも下記のような作品も表現している。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5a/Umbrella_Project1991_10_27.jpg
アンブレラ・プロジェクト(茨城県)